永「fxxk!! damn it!! you son of a bitch!!」なにやら永楽さんが、英語で電話の向こうを怒鳴りつけている。英語はサッパリだけど、ファックとかサノバビッチとか言ってるところをみると…たぶん、ケンカなんだろうなあ?母「ああ、気にすんな、毎度のこった。別れ話だよ、亭主との。まあ、今回は持ったほうなんじゃねぇの?」見向きもせずに、海苔せんべいを齧りながら母后陛下が言い捨てる。始「詮方あるまい。夫婦といえど、進む道がたがえば共には歩めぬ。なまじ泥仕合になるよりは、きれいさっぱりケンカ別れのほうが傷も浅い。そういう潔さだけは、メスカマキリを褒められる数少ない美点じゃて」しーちゃんもしーちゃんで、塩こぶ茶をすすりながら涼しい顔で言い放つ。身内が夫婦の危機だというのに、もう慣れっこなのか、深刻そうな様子がかけらもない。…好き合って結婚したはずなのに、あんなにも罵り合って、別れてしまうものなんだろうか…夫婦って。・・・・・・・・・・永「…なによ、同情?」ふてくされてタバコを吹かしている永楽さんに、コーヒーカップを差し出す。永楽さんの好きな、モカだ。別に、同情なんかじゃないですよ。さっきから永楽さん、半分ぐらい吸ったら揉み消して、灰皿がうず高く山になってるじゃないですか?愛煙家の一人として、もったいなくて見てらんないから、コーヒーでも飲ませてタバコを節約しようと思いまして。永「バ~カ。キミみたいな若造が、見え透いた台詞言ってんじゃないの。そんなんじゃ、こーちゃんみたいな世間知らずの小娘くらいしか、口説き落とせやしないわよ?」いやいやいや、口説いてませんから。俺には黒陛下がいますから。たとえいなくても、永楽さんだけは絶対口説きませんから!永「ひっど~い!!傷心の美女にかける言葉が、ソレ!?あたし、別れ話の直後よ?七回目の破局を迎えたばっかりなのよ!?今だったら、どこの馬の骨が口説いても堕ちる、銀行レースどころじゃない鉄板なのよっ!?優しく肩を叩いて微笑んだだけで、いくらでも股を開くオンナが目の前にいるのに、口説きもしないなんて…キミ、それでもオトコなのっ!?」うん、元気になりましたね。良かった良かった。やっぱり、永楽さんはそうでなくっちゃ。永「…まったく。自覚のないジゴロって最悪よね。まあ、いいわ、ちょっと愚痴に付き合いなさい。あらかじめ言っとくけど、拒否権なんて無いからね?馬乗り逆レイプされるのが嫌なら、おとなしく聞くこと。いいわね?」あー。つまり、返事は『はい』か『イエス』だけっスか。いいですよ、ハナシ聞くだけでチンコが無事なら。永「ココだけの話、誰にも言っちゃダメだけど…あたし、有人火星探査ミッションの第一次選考に受かったのよ」…はああっ!?火星って、あの火星ですか!?永「ひとまず、まだ第一次選考だから、今すぐ行くと決まったワケじゃないし、出発も五年先になるのか十年先になるのか分からないけど、少なくとも火星行きのチケットを手にする権利は獲得したわ。あたしの夢のひとつが、これでかなうかもしれない。とてつもなく大きな、夢の第一歩がね。だから、あの人も喜んでくれると思ってたのよ。祝福してくれると思ってた。なのに、返ってきた言葉は『なんで君が、そんなところに行かなきゃいけないんだ?』って。もちろん、火星行きは危険な賭けよ。どんな苦難が待ちかまえているか分からない。生きて地球に帰ってこられる保証もない。心配してくれるのは分かるけど、そういうのをぜんぶ承知の上で、あたしは火星行きを望んだの。たとえ祝福してくれなくても、せめてあたしの決意だけは認めて欲しかった。自分の妻が何を望んでいるのか、何を夢見ているのか…夫として、それだけは知っておいて欲しかったのよ。ちょっと、無理な相談だったみたいだけど…」こんな顔した永楽さんは、初めて見る。いつもの快活な永楽さんは、いったいどこに行ったんだろう?永「あの人と知り合ったのは、ケープ・カナベラルだった。宇宙計画について、セックスもそこそこに一晩中語り明かしたわ。この人なら、あたしと共に歩んでくれるかもしれない。あたしと同じ夢を見てくれるかもしれない。そう思って、あの人を七人目の夫に選んだの。今度こそはと、バカみたいに無邪気な恋心を抱いてね…。なのに…なのに、あの人!『君を応援している。頑張って夢をかなえて欲しい』って言ったじゃない!?あの言葉はウソだったの!?それとも地球上限定ってこと!?あたしがあの人と結婚したのは、共に歩んで欲しかったからよ!同じ夢を見て欲しかったからよ!!なのになんで、みんなあたしを邪魔しようとするのっ!?みんなそう!『君には家庭を守っていて欲しいんだ』とか『君がそんなことをする必要がどこにあるんだ?』とか!酷いのなんて『君は僕の子供を産むのがそんなに嫌なのか?』とか!…最後は決まって『君にはもう付いて行けない』って、みんなみんな、あたしを置き去りにして!!あたしは、どこまでも行きたいだけなのにっ!どこまでも自分の地平線を広げたいだけなのにっ!!夢を追いかけるのが、そんなにいけないことなのっ!?」…ごめんなさい。俺、男だから、旦那さんの気持ちも分かります。大好きな人と離れたくない、一緒にいたい、自分の手の届かないところに行かないで欲しい。ワガママかもしれないけど、それは、正直な気持ちです。永「…じゃあ、もし、こーちゃんが『火星に行きたい』って言ったら、どうするのよ?キミなら、どう答えるの?」そりゃ、もちろん止めますよ。大好きな黒陛下を、そんな危なっかしいとこに行かせられるもんですか。永「『どうしても行く!絶対に行く!行かせてくれないなら別れる!!』って、言われたら?」あー。言いそうですよね、黒陛下なら。うん、間違いなく言うな、黒陛下だし。まあ、そうなったら仕方ないから…俺も火星に行きますよ。永「はあっ!?キミがっ!?ミッションスペシャリストでも、パイロットでも、エンジニアでもない、キミが!?アタマ大丈夫?それとも宇宙ナメてる?キミみたいなド素人が、火星に行けるワケないじゃないっ!?」いや、永楽さんも言ったじゃないですか?『今すぐじゃない、五年先か十年先か分からない』って。それだけあれば必死に勉強して、博士号取って、資格も取って、有人火星探査ミッションとやらに潜り込むコトだって、絶対不可能ってワケでもないでしょ。なんせほら、俺、皇帝陛下の彼氏になっちゃうくらい、悪運だけは強いみたいですから。それに、黒陛下、ああ見えて、けっこう泣き虫なんですよ。俺がそばに付いてないと、火星でもわんわん泣きじゃくるに決まってる。オマケに、俺が手を繋いでおかないと、どこに飛んでくか分からない、鉄砲玉みたいな皇帝陛下ですからね。叔母さんを前にしてこう言うのもナンだけど、ホント世話の焼ける恋人なんですよ…。きょとんと呆気にとられていた永楽さんが、飲みかけのコーヒーをぐいっと飲み干し、ぷはーと大きく息をつく。永「…うん、決めた」え?火星行きを、ですか?永「違う違う。キミをね、こーちゃんから奪い盗るって、決めたの」…はああっ!?永「キミが悪いんだからね?姪っ子の彼氏だと思って、ちょっかい出して遊んでたあたしに、本気で惚れさせたりする、キミが悪いんだからね?言っとくけど、あたし、メスカマキリの仇名は伊達じゃないからね?狙った獲物は絶対に逃がさないからね?キミを奪って、あたしのモノにして、まんまと火星まで高飛びしてみせるわ!こーちゃんやおばあちゃんでも、さすがに火星までは追ってこれないでしょ?駆け落ちよ、駆け落ち!火星までひとっ飛びのハネムーン♡…あ、いや、火星だからハネマーズか?どっちでもいいわ!!サインして判子押した離婚届郵送して、返送されたら晴れて独身、自由の身よ!楽しみにしててね、八人目のダーリン♡あたし、すっごく本気だから♡」火星かー。黒陛下はともかく、しーちゃんは追っかけてきそうだけどなー。神仙の力とか裏ワザ使って。(汗)
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